研究上の問題を解くAIを作り、その利用料を受け取る。科学AIの事業は、まずそうした形で理解されてきた。しかし、汎用AIが扱える問題の範囲が広がるほど、専門サービスには厳しい問いが向けられる。同じような答えがほかでも得られるなら、顧客は何にお金を払い続けるのか。

専門的な計算や予測が、すべて汎用AIに置き換わるという話ではない。それでも、「この問題を解ける」という能力だけでは、長く優位に立てない可能性がある。そこで重要になるのが、予測を確かめる実験への接点と、その先に生まれる成果を誰が持つかという問題だ。

今号で取り上げた企業の動きを、この視点から読み直してみたい。

答えを出した先に、仕事が残っている

AIが有望な分子を提案しても、それだけでは薬にならない。実際に作れるのか、期待した作用があるのか、体内でどう振る舞うのか。予測の先には、実験しなければ得られない情報が残っている。

Ginkgoが発表したTuneLabとの提携は、この部分を事業にするものだ。AIを利用する企業に実験サービスを提供し、結果を機械学習に使いやすいデータとして返す。予測を売る側ではなく、その予測を確かめる側にも、継続的な仕事が生まれる。Ginkgoの発表 ↗

ここから考えられるのは、AIの進歩が実験の価値を下げるとは限らない、ということだ。仮説を作ることが容易になれば、次に不足するのは、どれが本当に使えるかを見分ける能力かもしれない。

ただし、実験設備を持てば自動的に強くなるわけでもない。顧客が求める測定を、信頼できる品質と費用で繰り返せるか。得られたデータを次の仕事に利用できる契約になっているか。実験への接点が競争力になるかどうかは、その中身による。

それほど有望な答えが出せるなら、自分たちで利益を得ればいい

もう一歩踏み込むと、別の問いが生まれる。

自分たちの技術が、価値のある創薬候補を見つけられる。本当にそう考えるなら、なぜ道具の利用料だけを受け取るのか。候補そのものの権利を持ち、成功したときの利益にも参加すればよいのではないか。

SchrödingerとTectoraの取引は、その考え方を具体的に示している。Schrödingerは二つの創薬プログラムを拠出し、株式と、将来のマイルストーン・ロイヤルティーを受け取る権利を得た。ソフトを使ってもらうだけでなく、そこから生まれる資産の価値にも関わる形だ。Schrödingerの公式発表 ↗

もちろん、有望な候補を見つけることと、開発を成功させることは違う。成果への権利を持つほど、資金負担や失敗のリスクも引き受けることになる。すべてを自社で抱えるのではなく、投資家や開発企業と組み、利益と負担を分ける理由がここにある。

だからこそ、こうした契約は興味深い。企業が技術の価値をどこに見いだし、どこまで自らリスクを取ろうとしているかが、収益の受け取り方に表れるからだ。

問われているのは、プラットフォームの中身だ

この動きを、科学AI企業が一斉にプラットフォーム事業を捨て始めた、と読むのは早い。Schrödingerは2019年にも、自社・共同創薬プログラムの拡大を掲げていた。成果を保有する戦略そのものは、新しく生まれたものではない。2019年の公式発表 ↗

また、今回の各社の判断が、汎用AIへの危機感から行われたと確認できているわけでもない。

それでも、AIの進歩を背景に、これらの動きを捉え直す意味はある。モデルや操作画面を提供するだけの事業と、独自の実験データを得られる事業、現実の開発を進められる事業、成功した成果への権利を持つ事業では、競争の条件が違ってくる。

プラットフォームは事業の形であって、それ自体が競争力の説明ではない。何を提供するから顧客が離れないのか。ほかでは得られない何を持っているのか。そして、顧客や社会に生まれた価値のうち、どの部分を自社の利益として受け取れるのか。

私たちは、科学AIの競争が「どれだけ難しい問題を解けるか」だけでは測れなくなると考える。答えを出す能力が広く利用できるようになるほど、その答えを確かめ、実現し、成果に結び付ける企業の役割が重くなるのではないか。

今後追いたいのは、AIとの提携件数だけではない。実験とデータへの権利を誰が持ち、開発費を誰が負担し、成功したときに誰が利益を受け取るのか。その変化を見れば、各社がAIを売ろうとしているのか、AIを使って別の価値を生み出そうとしているのかが見えてくる。